この冬から日本のiPhoneがピンチ⁉日本版DMA法ことスマホ新法って何?

2024年6月に成立し、2025年12月の全面施行を控える「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」スマホ新法(SSCPA)は、EUですでに施行されているDMA法(Digital Markets Act)と驚くほど類似した構造を持つ。

公正取引委員会が所管するこの法律は、現在スマホ業界において巨大プラットフォーム事業者であるAppleやGoogleを「指定事業者」に指定し、アプリ配布、決済システム、ブラウザエンジンなどの分野における競争阻害行為を禁止する内容となっている。

スマホ新法で変わること

スマホ新法の主なポイントは以下の通りである。

アプリストアの開放

現在、スマホ向けのアプリのほとんどは、Apple StoreあるいはGoogle Storeから入手し、その割合は約9割超と言われている。特に、iPhoneはAppleのみが製造販売することから、アプリの入手はほぼすべてApple Store経由となっている。

しかし、iPhoneで利用できるアプリがApple Storeでしか入手できないこともあり、アプリストアの手数料は割高で、小規模のアプリ開発者にとっての負担は大きいのが現実だが、新法の導入によって、開発者が独自の課金システムを導入できるようになり、手数料の負担が軽減される可能性がある。

課金システムの自由化

アプリ内課金の選択肢を広げ、開発者がAppleやGoogleの決済システム以外を利用できるようにすることも重要な目標として掲げられている。

これにより開発者は、アプリ内だけでなく外部での決済を案内できるため、現状、決済時に課される最大30%もの手数料負担を軽減できる可能性がある。

また、ユーザーにとっても、アプリ内課金以外にもクレジットカードやその他の電子決済の利用を選択できるようになり、より柔軟なアプリ購入が可能になる。

OSやブラウザの競争促進

スマホユーザーがよく利用するアプリに「WEBブラウザ」がありますが、Appleではsafari(サファリ)、AndroidではChrome(クローム)の利用者が大多数を占めている。safariはApple、ChromeはGoogleが開発・提供しているブラウザである。

例えば、iPhoneでもChromeを利用してWEBサイトを閲覧できるし、Edge(エッジ)やFirefox(ファイアフォックス)などのブラウザも利用可能だが、表面的にはChromeやEdgeの見た目で動作しているが、裏側ではAppleのブラウザエンジンである「WebKit」が動作している。

新法では、こうした状況を打開し、特定の企業が提供するソフトウェアに依存せずより多様な選択肢がユーザーに提供されることを目指している。

このように、新法の主旨は「公正な競争や市場環境」であり、もしスマホ新法の施行によりアプリの価格が下がり買いやすくなるならメリットは十分あるといえるのだが、末端のスマホユーザーにとっては、法律の施行によるデメリットも想定されている。

スマホ新法施行によるスマホユーザーが直面するであろう問題点

セキュリティの脆弱化

・脆弱なアプリの増加のリスク…公式ストア以外のアプリストアが普及すると、セキュリティチェックが不完全なアプリが流通するリスクが高まる。

・違法アプリや有害アプリ増加のリスク…アプリストアとしての規制が緩くなることで、オンラインカジノアプリやポルノアプリが一般利用者が入手しやすい状況になる可能性が高まる。

・マルウェア(ウイルス/ワーム/トロイの木馬/スパイウェア/ランサムウェアなど悪意のあるソフトウェアやプログラムの総称)のリスク…公式ストアの厳格な審査が緩和された場合、悪意のある有害アプリが増加するリスクが高まる。

特に懸念されているのが青少年向けのフィルタリング機能であり、iPhoneのブラウザエンジンの変更についてはさらなる重大な懸念が示されている。

フィルタリング機能の無効化によるリスクの増加

現在、iPhoneではAppleの「WebKit」というブラウザエンジンが100%使用されており、見た目はGoogle Chromeを利用しているようでもバックグランドで動作しているブラウザエンジンは「WebKit」である。

Appleのフィルタリング機能は、この「WebKit」エンジンを経由する通信を制御することで実現しているため、スマホ新法によって他のブラウザエンジンの利用が可能になると、従来のフィルタリングの設定が適用されなくなる可能性がある。これにより、フィルタリングが機能せず制御が難しくなることから、青少年がオンラインカジノ等の違法コンテンツや、ポルノアプリ等の有害コンテンツにアクセス・入手できてしまうリスクが高まる。

実際、欧州ではDMA導入後に、それまで存在しなかったiOS向けポルノアプリがApp Store以外のアプリストアでの配布が確認された。ちなみにそのアプリストアでは人気ゲーム「フォートナイト」も配布されており、ティーンエイジャーの利用者が多いアプリストアであったとのこと。

つまり利用者は、市場の競争の公平化によって自由にアプリやサービスを選択できる「自由」を手に入れた一方で、有害コンテンツやマルウェアのリスクに晒されやすくなったとも言える。

個人情報の管理、決済・契約の複雑化

AppleやGoogleのアプリストア以外の選択肢が増え、より多様なアプリを利用できるようになったり、課金の選択肢が広がり、消費者がより柔軟な支払い方法を選べるようになる等のメリットがあるが、個人情報の管理、決済・契約が複雑化するという懸念もある。

・プライバシー保護への懸念…アプリストアの開放によって、新しいアプリストアや決済システムの導入により、個人情報の管理が複雑化する可能性がある。公式以外のアプリストアが増えることで、個人情報の管理が統一できず情報漏洩の可能性が高まるリスクがある。

・決済方法の多様化による混乱…公式ストア以外の決済システムが導入されることで、ユーザーがどの決済方法を選べばよいか迷う可能性がある。

・ストア多元化による契約管理の複雑化…アプリストアが複数存在することで、どこで契約したか把握しづらくなり、サポートや返金の手続きが複雑化する恐れがある。

・ストアによるアプリ価格の違い…アプリストアによっては同じアプリが異なる価格で販売される可能性があり、ユーザーのストア選択が難しくなるリスクがある。

SSCPAとDMAの違い~日本独自の配慮

先行した欧州のDMAでは、施行後に様々な問題が生じているが、日本のSSCPAでは、欧州DMAのこうした問題点を参考にわが国独自の配慮が見られる。

最も大きな違いは、DMAの対象範囲は広範で、SNSやメッセージング、クラウドなども含めているのに対して、SSCPAでは、スマホ利用に特に必要なソフトウェアであるOS・アプリストア・ブラウザエンジン・検索エンジン限定している点である。この事により、以下のような点においてDMAにない配慮が見られる。

セキュリティ・プライバシーの例外規定

SSCPAでは、第7条において「サイバーセキュリティ確保・プライバシー保護・青少年保護」を目的とする場合には機能開放を制限できると明記されているが、プラットフォームを提供する企業等が恣意的(客観的な基準やルールよらず勝手に判断すること)に例外を主張することを防ぐため、規制当局が厳しく審査する姿勢を示している。このため、AppleやGoogleが手前勝手に機能制限を行うことはできず、制限する正当な事由を説明し、当局の承認を得る必要がある。

公証サービスの導入

SSCPAでは、AppleやGoogleの公式アプリストア以外のサードパーティ運営のアプリストアに対して、開発者証明書(公証)を付与する制度を導入する予定である。これにより、アプリの安全性を担保しながらストア開放を進めることができ、公式なアプリストアでなくても利用者にとって安全運用が可能になるとされている。欧州DMA施行下で生じているような公式アプリストア以外のアプリのリスクを軽減する効果が高いと見込まれている。

必ずしも無料開放ではない

DMA施行下では明文化はされていないが、サードパーティの参入障壁を下げ自由な競争を助長するため、原則「無料開放」が求められるが、SSCPAでは機能やサービスの開放にあたっては必ずしも無料ではなく、必要に応じて一定のコスト負担が認められる。安全なアプリの流通や公証サービスの維持に必要な実費程度のコストを認める方向である。DMAはより自由度の高い開放を求めており、プラットフォーマーによるコスト請求には慎重な姿勢であるのに対し、わが国では安全性や利用者保護の観点から独自の配慮が見られる。

スマホ新法は、スマートフォンのOSやアプリストアなどの「特定ソフトウェア」に関する競争を促進し、公正な市場環境を整えることを目的とした法律であり、特にAppleやGoogleのような大手IT企業による市場の寡占状態を是正し、アプリ開発者やユーザーにより多くの選択肢を提供することを目指しているとされている。

新法の施行によって、ユーザーが標準アプリ以外のアプリを選択できるようになり、より自分に合ったスマホライフを送れるようになることによる利便性の向上や、アプリ開発者が独自の決済手段を導入し、手数料を削減できれば、有料アプリが安価になるなどの利用者への利益還元の可能性などを目指しているが、現時点ではデメリットや問題点の指摘も少なくなく、利用者にとっては必ずしも良いことばかりではないといった印象である。

現時点で指摘されているセキュリティやプライバシー保護、青少年向けフィルタリング、有害コンテンツやマルウェアのリスクなどの様々な懸念材料は、これまでAppleの庇護の元で安心してiPhoneを利用してきた一般ユーザーからすれば、1つ1つのアプリや、アプリストアの利用におけるリスクの有無や生じたデメリットへの責任などを一般利用者が負うのは難しいのではないだろうか。こうした懸念が現実化した際に悪影響や損害を被るのは一般の利用者だ。

スマホ新法(SSCPA)の施行期日は2025年12月19日だが、それまでに現在指摘されているような懸念や問題点はすべてクリアした上で、真に利用者に優しい新法にしてほしいと思う。